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第5期 ラボアカデミー第2回 活動レポート!

第2回は大東町久野地区の旧久野幼稚園舎にて、久野地区の住民の方を含む総勢50名以上の皆さんにお集まりいただき開催しました。
 
第5期 ラボアカデミー第2回 活動レポート!
 
フォトレポートをまとめましたので、ぜひご覧ください。
【フォトレポート】http://9oo.jp/boxPTU
【イベントページ】https://www.facebook.com/events/456493051183460/
 
第2回のテーマは「地域課題の見つけ方・地域資源の活かし方」。
一時台風で開催も危ぶまれましたが、無事に開講すると会場は地域の人も交えて大いに盛り上がりました!
 
●【幸雲南塾開講にあたって挨拶】
・矢田塾長
「今日は塾の第2回目。塾生と事務局と一緒に目標設定していると思うが、
塾生が毎回のワークで目標に則した持ち帰りがあるようにしたい。
事務局も頑張るので、一緒に作っていきたい。
講師の友廣さんは去年も講師として来てくれたが、今年は雲南市で実践をするプレーヤーでもある。
1人のロールモデルとして現場を見せてもらうという関わり方が今後できるようになるので、がっつり講師や事務局を使ってほしい。
塾のカリキュラムでワークをする回はあと3回しかないので、塾以外の時間もフル活用してほしい。」
 
●【グループセッション】
続いては、グループセッション。前回同様、事前課題「チャレンジプランシート」を使って、プランを発表しました。第1回を経て、更に工夫された発表、議論が交わされ、塾生同士、講師、一般参加者、関係者からたくさんのアドバイスやコメンシートが寄せられました。
 
第5期 ラボアカデミー第2回 活動レポート!
 
●【幸雲南塾ふりかえり】
・友廣さん
「改めて皆さんもプランを聞いて、東京でこのようなビジネスプランを考えるのと決定的に違うのは、事業をうまくやるとかではなく、誰かを幸せにしたい、喜ばせたいということを考えている。取組の先に人の姿がいると改めて感じた。誰に喜んでもらいたいか明確にして、その人から出てきた言葉とかをインプットすると、自分たちのやりたいことがより強くなる。説明するときに、伝わりやすくなる。」
・矢田塾長
「次回以降も伝えてもらいたいポイントを示していきたい。時間の使いかたについても検討してほしい。
コメントシートに求める人や情報、ネットワークが全くなければ事務局へ問い合わせを。
友廣さんの講演を聞き真似できそうな部分は真似していってほしい。」
・事務局より
 8月5日にチャレンジプラン大相談会ということで山元さんに来てもらい、13時~16時まで3時間セッションを行う。時間を有効に使うために、自分の中での課題を整理することや聞きたいことまとめてきてほしい。
第3回は、「支援者の作り方」をテーマに和田裕子さんに講演していただきます。
 
●【ラボアカデミー開講にあたって挨拶】
・久野地区の中西会長
「ようこそ久野にきていただきました。
昨年3月、幼稚園と小学校が同時に閉校。これから地域としてもこの元校舎が活用できればと思って今検討中。
それと合わせて地区の活性化を目指していく。
一遍には定住に繋がらないが、交流人口は昨年からかなり増えている。
去年100人少し今年はもうすでに100人はいっていると思う。おっちらといきたい。
みなさんにとって実りある塾になるようお祈りします。」
 
・矢田塾長
「この前の時間は事業家を目指す塾生の時間でした。
この時間は、形にしたいというはじめの一歩向けの人たちのラボアカデミー。
第1回目と第2回目のテーマは「地域資源の見つけ方・活かし方」
どんな視点で掘り起こしどう活かしていくのかを友廣さんの話から考えていく。
友廣さんは去年の塾でも講師に来ていただいたが、そんなものまで資源になるのか、という発想の転換が上手。
彼自身がハッピーの塊なキャラクター。なんとも思っていなかった資源がめちゃめちゃいいと思える。
久野の方にたくさん来ていただいて感謝します。交流会で地域のリアルな声をぜひ聞いてほしい。」
 
●【ケーススタディセミナー~コト起こし実践者から学ぶ!~】
◆ゲスト講師:
【友廣 裕一 氏】
一般社団法人つむぎや代表
1984年大阪府大東市出身
大学卒業後日本全国80カ所の農山漁村を訪ねる旅へ出かけ、東日本大震災以降は石巻市に滞在して牡鹿半島の漁家の女性たちと、手仕事からはじめる新たな生業づくりの事業「OCICA」「ぼっぽら食堂」などの立ち上げに関わった。
 
○自己紹介
大阪出身で東京の大学に進んだが、就職活動をせずに卒業した。
都会で生まれ育ったが在学中に新潟の中山間地域で学んだことが心に残り、なんとなく「地域のことがしたい」と考えていた。
地域の暮らしには遠かったので、新潟の生活ではこれまでにない充足感が得られたと同時に、まだ自分に地域に関われる余地があるのではと感じた。
 
○ムラアカリを行く
卒業後、他の地域でもどんな人がどんな風に暮らしや仕事を営んでいるのか知りたいという思いから、家を引き払ってその敷金を元手に農村を巡るヒッチハイクの旅を決行した。
北陸方面から始め、お手伝いをする代わりに宿泊と食事をさせてもらい、次のお勧めの行き先も紹介してもらいながら、北海道から沖縄まで全国80カ所を180日間つづけて旅をした。その間一度もお金を払って泊まることはなかった。
 
そうしたことによって、どんな人がどういう暮らしをしているのかが、感覚的に分かるようになった。
その上「こういうことがしたいんだ!」といった話もしてもらえるようになり、地域の課題も目に入るようになったので、旅を終えたあとはその中で耳にした体験ツアーや販路拡大の希望を実現させるような活動を行っていた。
 
○東日本大震災を経て、牡鹿半島での活動
そうした活動を行い、食べてはゆける自信がついてきた頃に震災。
ヒッチハイク旅で大変お世話になっていた方も沿岸部に多く、たくさん被災された。
幸いにも皆さん無事だったが、今度は自分が支援しなくてはと思い、たまたま知り合いだった、NPOの現地でのマネジメントスタッフとして、石巻を拠点に現状把握のため回っていた。
 
やがて支援も一段落がつく頃、鮎川浜地区・新山浜地区で女性たちが仮設住宅で時間を持て余しており手仕事がしたいと思っていると聞く。
しかし東京でもできるような内職はつまらない、この土地だから出来ることが何かないだろうかとお母さんたちと相談すると、一人がミサンガづくりの達人であることが分かる。
そのうえ流されなかったカラフルな漁網の補修糸もあることが分かり、達人を講師にみんなで作ってみることに。チャリティーグッズの先駆けとして1本1000円で売り出すことにした。
 
売れる見込みはあったが、いつまで売れ続けるかは分からなかったので、売上の半分は作った人の給料、半分は仲間みんなで貯金しよう!と決める。
するとミサンガは結構売れたので貯まったお金で今度はなにをするかまた考え、流通に乗せられない規格外の魚を使ってお店をしたいという話になった。
そして被災したエリアに小さな小屋を建てることができ「ぼっぽら食堂」のオープンに至る。
「ぼっぽら食堂」は名前のままに(「ぼっぽら」とは急に、突然、準備もなしに、という漁師達の言葉)、毎日魚の種類や量が一定に確保される訳ではなく、それに伴ってお弁当のメニューも流動的なのが特徴。
 
一年間は自分も中に入り一緒に活動していたが、その後お母さん達で一般社団法人「マーマメイド」を立ち上げる。
地元にはほとんど飲食店がなくなったので、役所や郵便局、銀行、商工会の人、学校の先生などが一週間注文をするなどして多用している。
 
○OCICA
鹿角と漁網の補修糸でつくったアクセサリーのプロジェクト。
牧浜地区では主に牡蠣剥きが女性の仕事だったが、震災によりそれもできなくなっていた。
養殖場の復旧まで2年くらいかかる見込みでコミュニケーションの場もなくなり、お年寄りの孤立が問題になる。
お茶飲み会を開いてくれるボランティアさんはいたが、震災前のように集まって牡蠣剝きの仕事をして、お茶して帰ると言ったような場がほしいと、若いお母さんたちから相談を持ちかけられた。
 
できるだけ地元の物をつかった活動と考えたときに、牡鹿半島にいるおびただしい数の「鹿」に行き当たる。
たまたま出会った鹿猟師の協力のもと鹿角を確保することができ、加工に取りかかったが鹿角の加工は思った以上に難航した。
そこでクジラ漁で栄えた鮎川浜地区で、クジラの歯や骨を使って趣味で加工品を作っていた達人がいたので、その技術を教えてもらうことに。
「師匠」を迎え、流されなかった集会所に集まって鹿角加工を習い出すと、お母さん達も久しぶりの手仕事に夢中になって喜んでくれた。
これをボランティアとしてだけでなく継続させていく仕組みにするために、どうやったら作った物が売れるか考えていると、ボランティアで来ていた学生の女の子が、アクセサリーに加工してはと提案してくれた。
そうしてデザイナーも一緒に、お母さん達とできることを確認しながら作り上げたのが「ocica」というブランドである。
 
作業場はボランティアの子も一緒に作ることができるので、帰ったときに地元でその話をしてくれ、その口コミ効果で全国に広まった。
全国で売る際には、パッケージに小さく作ったお母さんの屋号マークを入れておくと、誰が作ったものが売れたか追跡でき、売れ高の一部が本人に入る。
現在約50店舗(海外も含む)が販売に協力している。
 
様々な人の言葉で広がっていった商品だが、一度これまでの流れを整理してこのほど一冊の本にまとめた。
新たな動きとして、今福祉作業所の皆さんと地元の「鹿革」の製品も作成している。
 
○雲南市でも活かされる取組み
最後に、同様のプロジェクトが現在久野地区でも動きつつある、「農家が作る日本酒プロジェクト@秋田」について。
秋田県大潟村にて三年前から、大学卒業後にヨーロッパへ農業留学もして農家になった熱い後輩と共に行っている。
主役となるのは酒蔵ではなく農家というのが特徴。
後輩のお父さんが言っていた「自分で作ったお米で、お酒を造って飲みたいなあ」という言葉がきっかけとなった。
お酒はみんなで飲むと楽しいし、その集まりから人のつながりが広がるものじゃないかと考えた。
<仕組み>オーナー制で特典として以下のことにも参加できる
・農家が酒米を作るプロセスに、田植えや草刈り収穫等で関われる。
・酒蔵での仕込みも見学できる。
・できたてのお酒が年に3回家に届く(しぼりたて、夏酒、ひやおろし)
 
米づくりの状況も随時Facebookに上げるので、お酒を飲むときに酒蔵以前の米づくりも想像することにつながる。
現在オーナー数は200名とちょっと。名前もオーナーからの公募で「農醸」と名付け、そのラベルにはオーナー全員の名前が載っている。
小売りではほぼ出回らず、オーナーでないと買えないお酒である。
 
上記のケースとまったく同様にではないが、農家と酒蔵が一緒になった酒造りがこの久野地区でもできないか、木次酒造の川本さんにも協力いただいて考えているところである。
 
●【終わりに】
本日の振り返りとしてコメントを頂きました。
・友廣さん
「皆さんが考えていくことは、人を幸せにすること。自分がやりたいことは誰のためなのかということを見つける。みんなを幸せにしようとしても漠然としたところから突き抜けられない。突破するためには、具体的な人の顔が見えて、その人にどんどん迫っていけばそこに答えがあるので、無理なく形にしていくことができると思う」
・久野地区の住民さん
「真剣に話していた。また機会があれば参加したい。」
・一般聴講生
「地元に帰り農家になろうと思っている。地域づくりのいろんな活動を見たいと思った。いろいろな人から様々な意見が聞けて新鮮な一日になった。」
・矢田塾長
「相談したいことを毎回持って帰ってほしい。
前回5分だったセッションを7分にした。次回も7分で行う。
連絡のやり取りをメールでやっているが、連絡の仕方を事務局で調整する。」
・事務局より
第3回は、和田裕子さんに講師を務めていただき三刀屋の中野で行う。
8月12日に三日市ラボにおいてオフィスアワーを行う18時から21時(要申込)
 
●【記念撮影】
最後に、塾生・アカデミー生・事務局で記念撮影。
 
第5期 ラボアカデミー第2回 活動レポート!
 
●【交流会】
18時からは同月初旬にリニューアルオープンしたばかりの「清流の館」にて交流会が開かれました。料理も久野地区のお母さんたちによる手作りです。
久野地区の住民の方々にも多くご参加いただき、塾生、アカデミー生、卒業生、地域内外の一般参加者の皆さん、関係者、事務局、たくさんの方々が集まって、学び合い、支え合い、より地域に貢献できるよう振興を深めました。
 
●「幸雲南塾/ラボアカデミー」とは?
雲南市が主催し、全国で活躍する20~30代の若手先輩起業家を講師に迎え、塾生自らが実行するプランを作り上げていくプログラムとして、平成23年から毎年約半年間の塾を開催し、60名の卒業生を輩出してきました。
第5期は、さらなるステップアップを目指し、市内のコミュニティが抱えている地域課題や地域資源、市内事業者、先輩塾生とのマッチングを図ることで、より実践的なプラン作りを目指します
「幸雲南塾2015/ラボアカデミー」開講!
→http://www.city.unnan.shimane.jp/www/contents/1432595664102/index.html

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