神庭 聖子さんインタビュー

第3期

須我神社の参道を歩いて参拝してほしい

幸雲南塾 3期生 神庭 聖子さん

−どうして幸雲南塾に?

もともとは広島市内で産まれ育ちました。13年前、大東町に嫁いで来ました。2年半前から雲南市の観光協会で観光推進員として働き始めたんですが、それがきっかけで、だんだん地元に対して興味がわいてきました。歴史の長さ深さに改めて気付きました。また古から人、自然、神様との繋がりを大切にして暮らされている地元を素晴らしく大切に想う気持ちをいただきました。そして縁あって住まわせていただいている地元に何か恩返しできることはないかと思い幸雲南塾に参加しました。

−参加してみてどうでしたか。

人とつながり、仲間をたくさんつくることができました。例えば、講師の方も、普段なかなか知り合いになれないですし、名刺交換できることはとても貴重。(講師の一人である)尾野寛明さんには気軽に何でも相談できるし、つながりが本当にできました。塾生同士、講師、役場の事務局の人。一番の財産。特に、塾生同士のつながりはまるで学校のようでした。塾に参加した方は、何かをしたい、実現したいという想いを持っていて、お互いに手伝うし、助け合えます。みんたくAda-nのイベントに参加したり、芝ちゃんの多文化共生に協力してみたり。最近どう?今度こんなのするから来ない?という感じで、同期生はつながりが深いですね。視察で一緒に旅行しましたが、大人になって、一緒に寝たりするんです。あえて合宿のような学生気分に戻る。楽しかったです。短い期間だけど、濃厚につながれる。志と時間を共有した仲間です。そう、包み隠さず出さないといけなくなるんですよね。誤魔化したり、体裁繕ったりしてもだめ。そこがまた(笑)

−塾で発表したマイプランはどんな内容でしたか。

須我神社の近くに「神楽の宿」という、かやぶきの昔風の市の施設があります。築130年くらいの松江の庄屋を移築してきて、囲炉裏もあって、いい雰囲気ですが、あまり活用されていませんでした。一方で、須我神社には、県内から月平均3000人が来られていて、でも、周辺に休むところもない。そこを利用してにぎわいづくりできたらいいと考えて、発表しました。

−その後、団体をつくって活動しておられるそうですね。

塾が終わってから、海潮地区の若い人を10人くらい集めて、市民団体として登録しました。今は、音楽やヨガなどの講師を呼んでイベントをしたり、おでんパーティー異業種交流会を主催したり。まずは、みんなが使っていくことが大切だと感じています。塾生も、私以外に2人、1期生と3期生が加わっています。月1回程度で、まだこれからですが、須賀という土地が特別だと思ってくれる人が多いのが嬉しいです。理想型なのは、神楽の宿はきっかけであり、参道に歩いてもらって、大鳥居をくぐって、参拝していただけるようになればいいなと。現状は、車で神社に横付けなので…。歩いてもらえるように、にぎわいづくりをしていきたいです。今、10月31日に大きなイベントをしようということが、一つ決まっています。音楽イベントの予定です。それまでは小さなイベントを、月1回程度でいいので、着実にできたらいいな。もう一つは、あの須我神社を中心にしたドライブマップをつくりたいです。長い時間をかけてでもいいので、つくり始めていけたらねと言っています。須我神社と同じようにパワースポットと言われる場所は、熊野大社や八重垣神社、玉造など、近くにあるので、それが見やすくまとめられているような、便利なロードマップがほしい。いろんな活動を続けていきたいです。
 
聞き手:田中輝美(ローカルジャーナリスト)