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第6期プレセミナーを開催しました!

雲南市では、2011年より社会起業や地域貢献を志す若い人材の発掘と育成を目的に人材育成「幸雲南塾」に取り組んできました。
今年も6期目としてスタートするにあたり、4月9日(土)にプレセミナー&説明会を行いました。
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フォトレポートをまとめましたので、どうぞご覧下さい。
【フォトレポート】https://goo.gl/C1cRj4
【イベントページ】https://www.facebook.com/events/588804237945188/

島根県教育魅力化特命官の岩本悠さんのお話もあり、40名を越える皆さんにお越しいただいた会場は熱気に包まれました!

今年の6期も実践家を目指す『幸雲南塾』と、地域づくりのはじめの一歩を踏み出す『ラボアカデミー』の2本立てのプログラムで構成しています。
【幸雲南塾HP】http://co-unnanjyuku.com/

エントリーは4月22日まで!
ご不明な点などあれば、どうぞお気軽にお問い合わせください^o^

【はじめに(13:30−13:50)】
<雲南市政策企画課佐藤部長挨拶>
若い人にたくさん集まっていただきありがとうございます。雲南市の総合計画は、チャレンジに優しい町にするということ。この場はチャレンジに一番優しい場所になっている。塾も6年目になった。最初はハラハラしていたけど塾生の頑張りのおかげでワクワクな気持ちになってきた。また今年はスタッフも変わり、これからスキルアップしていく。今日の会場もここまで作りこんでいたのかと思うくらい準備がされている。安心してスタッフについてきてほしい。この場がワクワクするようになってきてくれればうれしい。今日はチャレンジの第1歩の場になる。しっかり自分の思いを出してほしい。新しい年度になった、今年1年みなさんと一緒にハラハラワクワクしましょう。よろしくお願いします。

<政策推進課須山さん>
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雲南市の町づくりの取り組み(チャレンジを推進していく町をいうこと)を説明します。雲南市は人口の減少が大きな課題となっている。そこで総合計画では人口の社会増加を掲げて活動している。

人口の社会増に向けて取り組んでいることは
①課題解決型人材の増加による魅力的なまちづくり
②子育ての面を支援する等の定住基盤の整理
などである。

こども若者大人が町づくりにチャレンジする取り組みについては
①キャリア教育などを通して若者を育てる町づくり
②大学と連携して雲南という場をいかした人材教育
③若者の人材育成を目的とした幸雲南塾
④起業創業支援、産業支援、仕事づくり
⑤市外からの人材を誘致する
⑥地域自主組織の支援を行う

この6つのプログラムが達成できるとチャレンジの連鎖が起きる。地域を動かす仕組みがこの幸雲南塾という位置づけである。

<小俣さん>
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今日の目的の1つは皆さんに興味をもっていただく、さらにはぜひエントリーをしてもらうということが目的。プランの参考になるために、講師の岩本さんにお話していただく。


【岩本さん講演(13:50−14:50)】
~マイチャレンジ~
課題解決やプロジェクトをやっていくなかで大切だと感じていたことをお話しする。
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〇自己紹介
マイ流儀は「自他満足」:自己実現と他者貢献を一緒にやるということ。自分の強みを生かした地域貢献をする。自分自身嫌いなことや苦手なこともたくさんある、字を書くことが苦手、Facebookもやっていない、文書を作ることも苦手、できることを探すのが大変。なので自分が生まれもった才能、成長していく中で身に着けたものを生かしていこうとやっている。自他満足に生きる人と社会を育てたい、そういう社会が当たり前になるような世の中にしたいと思って活動している。

〇経験から学んだこと
2006年、縁があって海士町に移住した。移住に至った理由は海士が日本の最重要課題の宝庫だったから。超人口減少のこの島は日本の最重要課題の宝庫であって未来への最前線だと思った。日本の未来がここにあると思った。リアルな課題がわんさかあって、そういう課題と正面から向き合っていけるこの場所が素敵だと思った。こういう課題とどう向き合ったらいいのかと考えた時に、この問題が解決できれば日本中の課題が解決されると思った。そういう思いから移住した。今までの30年間は高度経済成長で「チャレンジするなら中央へ行け!」と言われていた。その結果、日本は中央化に成功した、その代わり地方は衰退した。これからの30年、地方はこれからの日本をけん引していく場所。自分がしていきたい、だから移住した。

〇移住後は苦悩の日々
楽しいな~と思えてきたのはここ2年くらい。移住後、7年は嫌だったし最初の5年は帰りたかった。そんな思いを日々思い描いていた。
苦悩した理由の1つ目はヨソモノ扱いされたこと。当時は二重のよそものだった。島民からみてのヨソモノと学校からみてのヨソモノ。「県が雇用している職員でも校長でも教育委員会でもないのに学校を変えていくとか・・・」という意味で学校からみてもヨソモノだった。当時は一切の権限がなく学校の会議にも出られない状態だった。せめて教員なら良かった。
2つ目は教員・住民の当事者意識が低かったということ。ほとんどの教員は2~3年で異動があり本土に帰ってしまう。2~3年間、目の前の生徒には全力で教えるけど、2~3年たった後の学校の存続は関係ないと思っている。住民に関しても、自分の子どもや孫はこの地域にいない、教育はよくわからないから医療福祉を何とかしてと考えている人が多かった。
3つ目は3町村、県、国など組織と組織の間に壁があったということ。1つの事業をやるにしても「あれば県がやるもの~」などがあり思うようにいかなかった。3つの島同士の仲が悪く思う通りにいかなかった。国の色んな法律もあって、がんじがらめになっていた。どうしたらいいか分からない状態だった。

〇踏みとどまった要因
こういう苦労や苦難をネタだと思った。悪く言われたことを全部メモにした。「これが成功したら全部本に書いてやる!ネタにしてやる!」と思うようにした。また自分の参加権がないことに手を出していくことについて、「これは21世紀型のやり方かもしれない」と考えた。これは越境型のリーダーシップであり「この苦労は新しい21世紀型の準備の奴だから・・・」と思うようにした。今やっている苦しみをネタにしたおかげで踏みとどまることができた

〇意識してやったこと、やって良かったこと
①関係の質を意識した
最初は成果にこだわってしまっていた。成功スパイラルを描いてばかりいた。いきなり結果を求めるよりは信頼関係を築くことが大切ということが分かった。なので飲み会などもどんどん行った。最初はいきたくなかったけど・・・。でも飲み会参加は本当によかった。まずは関係性を築くことが必要。この関係がうまくいっているか、誰かに相談しても大丈夫な環境ができているか、などを意識する。緊張感、抵抗感があると思考が固まる、だから行動も悪くなる。

②一転突破すること
色々とやってみると、一転突破する!
基本的にはマンパワーがあればできることはたくさんある。でも自分にはない。なのでどの1点を変えれば場を大きく変えることができるのかを考えた。あれもこれやるのではなく1つに集中した。自分で言えば高校の存続に集中して取り組んだ。いろんなことを浅くい広くやるよりも1点突破したほうが良かった。最初は3年の契約だった。3年やったらこの地域は大きく変わるだろうと思っていた。でもそんなに簡単に変わらなかった。長期計画だと踏み込みが浅くなる。「2~3年でやろう」といった感じで考えていたら構造的な変化を起こすようなものにはならないとういことに気づいた。本気でやるならもっと本質を持ってやろうと思った。「3年で結果を出す」ということをしなくなった。それで結局9年やった。

〇島前高校について
地域から高校がなくなると子どもだけでなく、親の世代も流出してしまい、少子高齢化に歯止めがかからなくなる。つまり高校の存続が地域の存続に関わる。なので危機感を醸成していかなければならない。今動かないと大変なことになる。

活動を始めた時は学校の先生が減っている現状、やり始めた時に「教員を殺す気か!」と言われた。現状維持だけでも大変なのにプロジェクトをやるなんて無理という空気があった。なので外から指示をだすよりも自分も中に入って学校の一員にならないといけないということが分かった。そこで職員室の中に机を置かせてもらって活動に取り組んでいった。高校の管理職だけで高校の活性は無理、もっとたくさんの当事者に関わってもらわないといけない・・・。でもどんな良いアイデアを出しても自分に決定権がないので実行できない。

〇発想の転換
そして、自分一人でなくみんなでやっていかないといけないことが分かった。こういう未来ならみんなが良い思いをするということを考えた。県立高校の悪循環を見つめ、課題の構造を分析した。いきなり学級数を増やすのは無理なのでまずは魅力を増やすことを目標にした。だから魅力化プロジェクト。発想の転換をした。「あるモノを使おう!」という発想。「学校には備品がない、でも地域にも色んなものがある!あるモノを使おう!」「地域の人にも先生として関わってもらいたい!」「ないものはない!」という発想。全国から生徒を募集するときに、「こんなものがある!」という発信でなく、「コンビニないです!不便です!」などないことをPRした。「これだけないです、だから良いんです!こんなに不便なら、我慢するという忍耐力や助け合う共同力も見につくことができます!ということを売りにした。そして、学校だけでなく、「地域でできることは地域でやろう!」ということになった。学習センターを設立した。

言わなきゃいけないことはちゃんと言わないといけない。「同じ公立高校なのに他とかなり差がある。つまり教育の機会均等に反している。そもそも国の法律が悪い。この法律を変えないといけない!」と訴えていった。

世の「不条理」を暴き声を上げる、届けていったことで今では法律も変わった。変えるのに6年かかったけど。

下からやってもダメなら時には上からやる。例えば知事などの偉い人に直接会う機会を作って訴えていく。上がOKを出せば下もついてくる。
そんなことをやっていくうちに子どもたちが「来たい!」と行って子供の数も増えてきた。

〇感じたポイントを3点
①チームシップ
自分一人でやったのではなく、「皆でやった!色んな人たちとチームを組んで協力者を増やしてやっていった!」という感が大きい。

②三方よし
対立や戦うと勝てない。自分の立場的には何の権力もないので一瞬勝っても結局は負けてしまう。三方よしになれば関係者にとっても良い方向になる。「ここがお金をださないと~~」という考えでな「どうしたら「みんながいい!」になるのか」を粘り強く考える。

③第3の場を持つ!
新しい視点を持てるような場を持つ。自分なりのマイチャレンジとそこから学んだことの発表をすること。

<質疑応答>

①もともと海士町に縁があった?何もない状態から海士町に行ったのか?それとも伝手があったのか?
→教育関係で縁があったため。

②7年間逃げなかった理由は?
→ネタにしようと思ったのと「ここで逃げたら俺かっこ悪くね?」と思った。それと地域の中にすごく想いを持っている人がいた。その人たちの想いに突き動かされた!

③「一緒にやろう!」となったのはなぜ?
→まずは自分が相手や学校に合わせようと意識した。これまでは自分の意見を押し付けてばかりだった。けどそれだと通用しない。例えば打ち合わせも自分の好きなやり方でなく、みんなのやりやすいようにやった。

無駄だと思ったこともやり切った。周りに合わせながらも、時々自分の意見も出していった。

④突破した世界はどんな感じだった?
→ようやく土ができて、「今からなら何でもできるんじゃないか!」という感覚になった。でもそういう感覚をもった時に「俺はここにずっといてもダメじゃないか?」と思った。俺がずっとここにいたらダメになる。自分がいたから高校魅力化が成功したように思われる。自分がいなくても周るようにしないといけない。 

<岩本さんから最後にメッセージ>
①成長スパイラルを回そう!!
なんとなくじゃなくてある程度目的やたくらみを持って場にいるようにしよう!
たくらむ→動く→振り返る→たくらむ・・の繰り返し。たくらみをかなえる秘訣は人に言い続けること。1回言ったぐらいでは伝わらない。

②まずは小さく行動する!
最初の1歩を大きくすると進まない

③仲間・応援者をつくる
夢はにげない 逃げるのは自分だ!

【幸雲南塾の説明(14:50−15:10)】
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6期より幸雲南塾塾長になった3・4期OBの中澤太輔さん、
同じく幸雲南塾副塾長になった4期OBの野々村一彦さんの挨拶と、
その二人の司会によるこれまでの塾生の活動紹介が行われました。

<中澤さん「みんたくAda-n」事例発表>
東京からUターンをし、土日などの空き時間に活動をしようと思った。でも活動をしたいけど何をすればよいか分からない…そんなときに幸雲南塾を受講した。仲間ができることでやりたいことを後押ししてくれた。仲間と一緒に切磋琢磨したことが一番よかった。

<安達さん古津さん「訪問看護ステーションコミケア」事例発表>
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原体験:おうちに帰りたくても帰れない人がたくさんいる。人口現状、若手の職員の減少、地方では勉強にならないというイメージがある。それらを変えたいと思った。現在の利用者数は30人程度。若手の医療職者を増やすためきらきら医療café@うんなんを開催した。またサロン等で地域住民の方を対象に、地域の方の集まりにお邪魔して訪問して交流や訪問看護の説明をしている。4月から新人も入ってくれ、現在4人のナースで運営している。

【参加者自身のチャレンジについて考えるワーク(15:10−16:20)】
この後小休憩も挟みながら、参加者の皆さん自身が考えるチャレンジや、それに至る動機を詳しくみてみるワークを行いました。
ペアやグループで内容をシェアする際には、活発な意見交換が行われどんどん新たなアイデアも生まれている様子でした。

【本日の振り返り(16:20−16:30)】
<岩本さん>
ワークの方が生き生きとした雰囲気だった。語ることが大切。人が本当に力が出るのは自分の本当に深い所にあるところ、価値観、大切にしていること、行動自体が繋がっているとき。そんな時はバイタリティがあふれだしている。自分自身の源体験を共有できたことがよかった。発言だけでなく行動することが大切。行動を加速させていくことが幸雲南塾。現実もそこにつなげていく。島根県内でこういう動きがあることがすごく感動している。

■記念撮影
 幸雲南塾1期から集合写真を撮り続けてくれているカメラマンによる記念撮影では、熟練のエンターテナー性にみんな思わず笑顔がはじけます。

【交流会(16:30−18:00)】
交流会には約30名の皆さんにご参加いただき、塾への思いや自分のチャレンジについて自由にお話していただきました。
中には早速「応募しよう!」の声も。
地域を良くしようとする人たちが、1人ではなくチームを組んでチャレンジしていく、まさにその始まりの瞬間が見られたプレセミナー&説明会でした。